ガール・グループの時代
Spice Girls 2007
Spice Girls 2007年

史上最も成功したガール・グループといえば、ベッカムの奥さんヴィクトリア・ベッカムが在籍した英国のスパイス・ガールズ。アルバム「Spice」単体で2800万枚以上と他の世界中のグループの売り上げを大きく引き離している。それに続く売り上げを記録しているのは米国の女性グループTLCと言われている。

<Girl Group era>
60年代前半に活躍したガール・グループに話を戻そう。米国の社会学者によれば「ガール・グループの時代("Girl Group era")」と呼ばれるのは、1958年エルビス・プレスリーが兵役で陸軍に入隊した年からビートルズ旋風が米国で吹き荒れる1964年までの期間になる。
青春映画『アメリカン・グラフィティ』(1973年8月封切り)の米国初公開時のキャッチフレーズは「1962年の夏、あなたはどこにいましたか("Where were you in '62 ?")」。映画の主人公は高校2年のティーンエージャー達だった。

American Graffiti

第二次世界大戦後の1950年代、祖国に帰還した若い兵士たちが自分達の世代の音楽として流行させたのは新たに登場したロックンロール。
それに続く戦後のベビーブーマー(団塊の世代)が1960年代にティーン・エイジャーとなり、新たな音楽として支持したのが、ガール・グループだった。


The Shirells 1962
The Shirelles 1962年
ほとんどがアフリカ系アメリカ人(中には白人という例外もある)3~4人で構成されるほぼ同年代の若い女性グループ。ベビーブーマー世代が支持したため次々とヒットチャートの上位を占め、大ブームとなった。(60年代半ばまでの5~6年間に米国で1500組ものグループが新たにレコードデビューにチャレンジしたという。)
ガール・グループは音楽的に大変ユニークな特徴が有った。(1)自分達で曲は書かない。(2)メンバーは楽器を持たず、演奏しない。この二つはガール・グループの強味ともなった。(1)はプロの作家が書いた優れた曲を歌うことが出来る。(2)は編曲・演奏・プロデュースともトップ・プロにまかせることができるというメリットだ。

<Brill Building Pop>
Brill Bldg.
Brill Building 1998年頃
「ガール・グループの時代」を「ブリルビルディング・ポップ」と言うことがある。
60年代初頭、NYの音楽ビジネスの中心はタイムズスクエアー近くに建つBrill Buildingや隣接する1650 Broadwayビルに移っていた。20世紀初頭に中心地であったティンパンアレーはすたれ、マンハッタンを遡ったミッドタウンのビルに165軒の音楽出版社、エージェント、関連事務所が軒を連ねた。楽曲制作、アレンジ、デモ録音、エージェント、作家管理の機能が集積していた。夫婦のソングライターチームで活躍というのがブリルビルディング・ポップ時代の特徴的スタイル。フィル・スペクターとタグを組んだエリー・グリニッチとジェフ・バリー夫婦を筆頭に、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン、シンシア・ウェイル&バリー・マンなどのカップルが大活躍した。
このNYの音楽ビジネスにデトロイトで対抗したのがホランドードジャーホランド(通称H-D-H)の3人組のチーム。1962年~1967年の在籍期間中、ブライアン&エドワードのホランド兄弟及びラモン・ドジャーの3人は作家としてだけでなくプロデューサーとしても腕をふるい、スプリームス、マーサ&バンデラスなどの大ヒットを量産。モータウンがメジャーに匹敵する大レーベルになるのに貢献した。

Brill-Bldg Writers
Barry Mann at piano
Cynthia Weil (left)
Carole Kind (right)
1965年

ガール・グループというジャンルに目を向けさせたのは、1961年にブリルビルのソングライターチーム、キャロル・キング&ジェリー・ゴフィンが書いた「Will You Love Me Tomorrow」を歌って全米チャート第1位に送り込んだシュレルズであると言われている。
まず曲が出来上がっていて、それを歌うためにアーティストを捜し出し、録音するというビジネスモデルだ。ソングライターやプロデューサー達は、この新しいアプローチの可能性をすぐさま悟り、活動実績のあるグループと契約したり、新グループを創り出して、ガール・グループ・スタイルでの楽曲録音に邁進した。その中でも、多人数のスタジオ・ミュージシャンを起用し、重厚な音で「ウォール・オブ・サウンド(音の壁)」と呼ばれたスペクターの音作りは音楽制作者やミュージシャンに大きな影響を与えた。
ガール・グループのシーンをリードしたのはメジャーではなくカラーの強い独立系レーベルだった。フィル・スペクターのフィレス(Philles:ロネッツ、クリスタルズ)、セプター(Scepter:シュレルズ)、レッドバード(Red Bird:デキシー・カップス、シャングリラス)そしてモータウン(Motown:マーベレッツ、スプリームス、マーサ&バンデラス)などだった。
ごく少数の例外を除けば、ブリティッシュ・インヴェイジョンの時期から1970年までの期間、全米チャートでプレゼンスを保ち続けたのはモータウンのスプリームスだけであった。

Supremes
The Superemes 1965年
 
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