英国の音 ロッド・スチュワート「アトランティック・クロッシング」
Atlantic Crossing

ロッド・スチュワートが1975年に発表したアルバム。タイトルは「大西洋を横切って」。絵柄も今まさに大西洋をひとまたぎしようとするロッドのイラストが描かれている。
1968年にMercuryとの間で交わしたソロ契約を、長い裁判のすえ1974年末に解消。翌年にフェイセスのメンバーとして契約していたワーナー・ブラザーズと新たにソロ契約を締結する。デビュー以来、拠点としてきた母国英国を離れ、米国に舞台を移した最初の作品だ。
英国のトップアーチストを迎えるワーナー側も受け入れに万全の体制をとる。グループ傘下のアトランティック・レコードの全面協力を得て、重役待遇を受ける独立プロデューサー、トム・ダウドを起用する。ワーナー社長ジョー・スミス(当時)自らがダウトに電話してロッド・スチュワートの向こう数作品のプロデューサーを引き受けるよう依頼する。

Tom and Rod
Tom DowdとRod Stewart

英国出身のR&Bシンガーの常として、ロッド・スチュワートも、アメリカン・ルーツ・ミュージックに並々ならぬ関心があった。そんなロック・スターを物心両面でバックアップ可能なレーベルは当時のアトランティック・レコードをおいてないだろう。
「アメリカの音」そのものと言ってもいいスタジオ・ミュージシャン集団、米国南部メンフィスのブッカーT&ザ・MGズ、そしてアラバマ州のマッスル・ショールズ・リズム・セクション(通称スワンパーズ)。アトランティック・レコードは彼らと長く続く関係を築くために、録音設備をニューヨークのスタジオと互換性を持たせることを目的に、8トラック・レコーダーの導入はもとよりスタジオ設備の近代化にも力をそそいだ。財政的な援助も添えて。彼らをパートナーとしてプロジェクトに組み込むための“影の立役者”は、NYと南部を忙しく往復したアトランティックの副社長のジェリー・ウェクスラーとトム・ダウトの二人。特にダウドは録音担当・設備更新双方のエンジニアを務めた。

What I Say

ダウドのスタジオ・レコーディングに対する功績はビートルズを手がけたジョージ・マーティンと鬼才フィル・スペクターの業績を合わせたよりもすごいといわれている。彼がいなければ、高音質ステレオ録音(特にマルチトラック・レコーディング)の技術が確立されるまでにあと10年は余計にかかったかも知れない。
1959年に創設者のアーメット・アーテガンと副社長でプロデューサーのJ・ウェクスラーを説得して、まだメジャー(RCAビクターやCBSコロムビアなど)にも無かった、8chのマルチトラック・レコーダーを備えた近代的設備のスタジオをNYに完成させたのはトム・ダウドだ。さらに彼はアトランティック・レコードのサウンドそのものを作り上げている。彼の記念碑的レコーディングのごく一部を見るだけでいい。
ボビー・ダーリン「マック・ザ・ナイフ(Mack the Knife)」
レイ・チャールス「ホワッド・アイ・セイ(What'd I Say)」
チャーリー・ミンガス「ミンガス・ムード(Mingus' Mood)」
ジョン・コルトレーン「ジャイアント・ステップス(Giant Steps)」
クリーム「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ(Sunshine of Your
Love)」
ベン・ E・キング「スタン・バイ・ミー(Stand by Me)」
アレサ・フランクリン「リスペクト(Respect)」
ディレック・アンド・ドミノス(Eric Clapton) 「レイラ(Layla)」
ポップ、ロック、ジャズ、R&Bとクラッシック以外の全てのジャンルに渡っている。

Muscle Shoals Studios
Muscle Shoals Studios 1971年

Mercury時代にロッド・スチュワートは全て自身でプロデュースを手掛け、別にプロデューサーをたてることはなかったがトム・ダウトの場合は別。本作はプロデュースもバック・ミュージシャンもプロに任せ自身は歌と選曲に専念したかたちとなった。
ロッド のために トム・ダウド が用意したのは,The MG's のメンバー
(Steve Cropper, Duck Dunn, Al Jackson Booker T.)そしてサザン・ソウルの本拠地アラバマ州のマスル・ショールズのリズム・セクション。さらにメンフィス・ホーンズなどアメリカ南部を代表するプロのミュージシャン達を集めた非常に贅沢な録音となった。ロッドがマスル・ショールズのリズム・セクションを気に入ったことで,基本的なトラックのほとんどがそこで録音されたようだ。長年の夢だったにちがいない、あのアレサ・フランクリンやローリング・ストーンズ(69年末
“Brown Sugar” Sessions)とまったく同じサウンド・プロダクションで歌うんだから、嬉しくて嬉しくて仕方がなかっただろう。
英国での作品はスタジオの空気を感じるアコースティックな音作りが魅力だったが、本作はライヴ感のある音ではなく、細かく音を積み重ねていく緻密な音づくりとなっていた。チョットこじんまりした印象だった。収録曲の「セイリング」(英国のフォーク系デュオ、サザーランド・ブラザーズ1972年のカバー)は英国で2度大ヒット。自ら「イギリスでは第二の国歌」と言い切っているそうだ。
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まとめwoネタ速neo 2012/06/21 00:14