ロックンロールの創始者、 チャック・ベリー死去(享年90歳)
チャック・べりー
ロックンロールの創始者の一人して知られる米国アーチスト、チャック・ベリーが3月18日に中西部ミズーリ州セントチャールズ郡の自宅で死去した。享年90歳。
本名はチャールズ・エドワード・アンダーソン・ベリー(Charles Edward Anderson Berry)。1926年、ミズーリ州のセントルイスで生まれた。隣人からギターの基礎を学び、1952年にピアニストのジョニー・ジョンソン率いるグループに参加。シカゴ・ブルースの父と慕われたマディ・ウォーターズの口利きによって1955年、チェス・レコードと契約し、シングル「メイベリーン」(全米5位)でデビューした。
独特のギター奏法と弾きながら腰を曲げて歩く「ダックウォーク」が話題となり、「ロール・オーヴァー・ベートーヴェン」「ロックンロール・ミュージック」「ジョニー・B・グッド」などを次々とヒットさせた。特徴的なギターリフを使った音楽スタイルは、後代のロックアーチストに多大な影響を与え、最初期のギター・ヒーローとして多くのミュージシャンから敬愛された。


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自宅ののMacを「OS X El Capitan」にアップデートした
El Captian Screen Shot

遅ればせながら我が家のMacを「OS X El Capitan」にアップデートした。きっかけは娘の使うiMacの描画が時々引っかかり気味になること。PRAM解放の儀式『Command + Option + P + R』やセーフモードでの起動をやって凌いだが、改善のためOSの上書きを兼ねて「OS X El Capitan」にアップデートした。同時に自分で使うMac Book ProやMac MiniのOSもYosemiteからアップデートした。
Yosemiteも結構堅牢なOSだが、El Capitanはスピード、使い勝手、クラッシュ耐性などパフォーマンスの向上が図られたようだ。何より安心なのはシステム要件がYosemiteと同じ。アプリなどの対応(互換性)はあまり考える必要がないこと。ちなみに”El Capitan(エル・キャピタン)”とは、ヨセミテ国立公園の中にある巨大な花崗岩の一枚岩のこと。OS X Mavericks (Version 10.9) 以降から米国カリフォルニア州の地名を使ったコードネームが付けられている。
■ アップデート可能な機種は以下の通り:
・iMac (Mid 2007以降)
・MacBook Air (Late 2008以降)
・MacBook(Late 2008アルミニウム製、Early 2009以降)
・Mac mini (Early 2009以降)
・MacBook Pro (Mid/Late 2007以降)
・Mac Pro (Early 2008以降)
・Xserve (Early 2009)
■ 我が家のMacのシステム要件
・iMac (21.5-inch Mid 2010)
・Mac Book Pro (13-inch Late 2011)
・Mac Mini (Late 2014)


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英国の音 ローリング・ストーンズ モービル・スタジオ(再掲載)
Rolling Stones

<最初に>
この記事のオリジナルは2012年7月29日に公開した「英国の音 ローリング・ストーンズ モービル・スタジオ」。一部修正したものを再掲載するものである・・・・。

ポップ・ロックの分野で歴史に残るレコーディング・スタジオといったら、まずあげられるのはEMIのアビーロード・スタジオ。次に名前をあげるとしたらローリング・ストーンズのモービル・スタジオになるだろう。有名ロックバンドの代表曲の歌詞にこのモービル・スタジオが登場することになった経緯はファンならずとも興味をひく話だ(後述)。

ストーンズのミック・ジャガーが音頭をとって移動録音設備を自前で実現する計画を立ち上げたのは1968年。当時英国のポップ・ロック系のミュージシャンのほとんどは高額なスタジオ料金の請求に喘いでいた。既成のスタジオは1950年代からのクラッシク録音をベースにした保守的で制約の多いスタイルを変えていなかった。朝9時から夕方5時までの営業、3〜4トラックのマシーンでの一発録り。1曲はその日のうちに完成させるというやり方。しかも料金は高い。
世界を席巻しつつあった英国のトップ・ロック・バンドの不満は日増しに高まっていた。60年代末のロックは演奏も録音もそれまでとは比べもにならないくらい複雑化していた。1968年を境にして、マルチトラックと共に新しい録音技術が一挙に入ってきたにもかかわらずスタジオの姿勢に変化はなかた。
ビートルズのようにEMIがあり、マネージメントのブライアン・エプスタインと音楽監督のジョージ・マーティンの三者が運営を総合的に調整していたバンドは良かった。
デッカ・レコードから離れ、独立会社でマネージメントを任せる人がいないローリング・ストーンズの場合はそのすべてがミック・ジャガーの肩にかかっていた。好きな時に、好きな所で、好きなだけ出来る。コードや曲の進行の確認。念入りなリハーサルと時間をかけた録音を行える新しい環境。これが解決策だった。

Stones Mobile 1
Rolling Stones Mobile

当時TV中継車は存在していたが、録音車なんて影も形も無かった時代だ。計画では「移動」より「可搬」にポイントが置かれた。大型のバンにコントロール・ルームがあり、マルチトラック・レコーダー/調整卓/マイク/スタンド/ケーブルなどの一式がコンパクトに収容され、丸ごと指定の建物に横付けできるというのが基本コンセプトだった。
可能な限り最新機材をというのがミック・ジャガーの希望。ミキシング・コンソールにはストーンズが1966年から1972年に渡り6枚作品を録音したロンドンのオリンピック・スタジオの主任技師Dick Sweetenhamが独立して作ったHeliosが使われた。最初は3M社の8トラックと4トラックのレコーダーがそえつけられた。レコーディング・ユニットはBMC(ブリティッシュ・レイランド)のシャーシに架装された。
1969年に完成したモービル・スタジオは早速ストーンズのハイドパーク・コンサートの録音に運び込まれた。
翌年にはヨーロッパで最も早く16トラックのレコーダー(3M M56)を装備するスタジオとなった。


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